とあるKSDDのアイドル考察録

アイドルオタク9年目のKSDDがアイドルに関して色々考えてみます

違う仕方でそっと呼吸して ~ローカルアイドルfishbowlが描く新たなビジネスモデル~

AKB48が火をつけた現代アイドルのブームに乗って地下アイドルが一定の市場を形成してから10年が経とうとしている。

その中で様々なコンセプトのアイドルが生まれてきたが、この10年間ほとんど変わらないのがそのビジネスモデル、即ちマネタイズの手法である。しかし、地方からそのビジネスモデルに変革を起こそうとする動きが見られる。

 

 

従来のマネタイズ手法

そもそもアイドルビジネスにおけるマネタイズ手法とはどういうものだっただろうか。2014年に出版された『ゼロからでも始められるアイドル運営』*1より具体的な手法を見てみよう。

では、駆け出しのアイドルグループが、何の形で収入を得るかというと、チケットバックと物販です。(中略)

チケットバックの相場は、小さいイベントだと500円から始まり、通常は1000円のところが多いようです。

前述の通りこの本は2014年の出版*2だが、2022年現在地下アイドルのビジネスモデルはあまり変わってないように見える。相変わらずオタク達はCDを積み、チェキを撮り、ライブハウスでお目当てとなるアイドルの名前を言っている。

 

コロナ禍の影響

とは言いつつ、全く新しいことがないわけではない。2020年に世界を襲った新型コロナウイルスによって、ライブ・接触イベ等に大きく制限がかけられたのを受けて、アイドル業界は新たなマネタイズ手法を模索した。

オンラインサイン会・特典会

オンラインサイン会は事前にオンラインでCDを購入したオタクの名前を呼びながら、アイドルがサインをしてくれるというイベントだ。YouTube Liveなどの配信プラットフォームが用いられることが多い。配信中のコメントなどを読むこともあるが、基本的には見るだけのコンテンツだ。

一方、オンライン特典会とはリアルで実施されていた接触イベがオンラインに置き換わったものである。チェキチャ!などの専用アプリを使って行われるようだ*3。対面会議がオンライン会議に置き換わったのと同じだ。

ckc.utaten.com

ライブのオンライン配信

コロナ禍初期は完全にオンライン配信のみのライブが数多く行われたが、現在はリアル・オンライン配信のハイブリッドで実施されるケースが多い。現地で参加するよりも安めの代金でリアルタイムで配信が見れて、アーカイブとして一定期間は見返せるのが特徴だ。

既存のビジネスモデルとの差異

このようにコロナ禍は新たなマネタイズの手法を生みだした。しかし、これらの手法はリアルでライブや特典会をやりづらい状況の中、元々のビジネスモデルの延長で、苦肉の策として生み出されたものに過ぎない。

つまり、既存のビジネスモデルと本質的に差はないと言えるだろう。

 

fishbowlの取組

そんな中、新しい取組を行ったのは地方アイドルだった。fishbowlという静岡のご当地アイドルだ。

NFT音源・画像の販売

NFTとは平たく言うとブロックチェーン技術を活用して唯一性が保証されたデジタルデータということだ。現時点ではまだ課題がある領域のようだがその辺の詳しいところはfishbowlのプロデューサー、ヤマモトショウさんがまとめてくれている。

yamamotosho.com

そして、fishbowlはをNFTとしてデジタルフォトや音源を販売している。僕はこの取組のポイントは2つあると考えている。

1つ目は、アイドルグッズの転売時に発生する利益がアイドルに還元されるということだ。これまで、アイドルが一度販売したものはその後どのように転売されても関与できなかった。しかし、NFTを用いることで転売時の利益がアイドル側にも還元されるようになったということだ。

2つ目はこれまでアイドルにお金を使うのはオタクしかいなかったところに、投機目的での購入者が現れうる、という点だ。ただ、現在投機目的で購入されているNFTアートはその価値を評価されているわけではなく*4、不健全だと感じる。実際、NFTアートを批判するnoteがバズったりもしていたようだ。

note.com

「応援企業・自治体」システム

fishbowlのもう一つの取組が地元の自治体や企業が特定のメンバーを推す、「応援企業・自治体」システムだ。メンバーは全員静岡県の出身ということだが、以下の通り別の市町村出身であり、その地元の自治体や企業が応援企業・自治体に就任している*5。この取組は朝日新聞にも取り上げられた。

大白桃子さん…浜松市
福田安優子さん…吉田町
澤口葵さん…藤枝市
新間いずみさん…静岡市
久松由依さん…沼津市
木村日音さん…御殿場市

「推しメン」を応援するスタイルは、県人団体「Proof of Shizuoka」の伊藤佑介さん(44)が考案した。アイドルファンの間ではすっかり定着している「推し」。自らが推すメンバー「推しメン」の魅力をSNS上で語り合い、時に競い合う文化を、企業や自治体に広げたいと考えた。

企業や自治体が応援を申し出ると、所在地に出身地の近いメンバーが割り振られる。企業はイベントの出演依頼をしたり、SNSでイベントや新曲を告知したりして「推しメン」をサポート。メンバーは配信ライブなどで、応援してくれる企業や自治体をPRする。応援のギブ&テイクには、基本的に金銭のやりとりは発生しない。

自治体や企業が「推し」を応援 新生アイドルfishbowl:朝日新聞デジタル

 

ビジネスモデルの転換

僕は2点目の「応援企業・自治体」システムがアイドルビジネスの転換点になる可能性があると考えており、とても期待している。

B2Cモデルの限界

これまでの地下アイドルビジネスは、顧客をオタクに限定していた典型的な「B2Cビジネス」だったが、この手法は限界を迎えている。市場を拡大するには、単純化すると2つの方法がある。①顧客を増やす②顧客単価を上げる、の2点だ。

「①顧客を増やす」ことの実現性を考えてみよう。現代はコンテンツにあふれている。毎日のようにYouTuberが面白い動画をアップし、NetflixAmazon Primeではオリジナルドラマが展開され、各種アプリでは無料でたくさんの漫画が読める。

もちろん各アイドルが尽力することで新たなオタクは日々生まれていくが、同時にたくさんのオタク達が他界していく。この状況下で顧客たる地下アイドルオタクの人数を大幅に増加させるのは難しいだろう。

一方で「②顧客単価を上げる」というのはどうだろうか。これも個人の肌感だが、かなり難しいと思う…というのも、地下アイドルオタクは既に相当の金をアイドルにブッこんでいるからだ*6。僕自身もおそらく年間100万円近くをアイドル関連で消費している*7。これでも僕はチェキを撮るのを我慢しているし、CDを複数枚積んだりしないし、遠征もほとんど行かない。もっとバンバン金を使いたいが、生活もあるのでそういうわけにもいかない。

このように、正攻法でアイドル市場を拡大するのはかなり難しいと思われるが、ここで登場する第3の選択肢がビジネスモデルの転換である。

B2B2Cモデルの構築

それがfishbowlの「応援企業・自治体」システムだ。つまり、個々のオタクではなく、企業や自治体などの法人からもマネタイズするモデルの構築だ。しかし、上述の通り現時点でfishbowlの取組では金銭は発生していないということだ。fishbowlは楽曲派界隈では大注目アイドルだが楽曲派界隈なんて地下アイドル業界でも小さいマーケットだ…。現時点では企業が彼女たちを応援するメリットも小さいので、マネタイズまでするのは難しいのかな…?と、考えていたところ、地方アイドルと地元企業の成功例を見つけた。

いぎなり東北産の成功

スターダスト所属でいぎなり東北産というアイドルがいる。その名の通り、東北地方・仙台を拠点に活動するグループだ。あくまでレッスン生ユニットとして結成されたこともあってメディア展開なども遅く、他のスタダアイドル達には知名度が及ばない。しかし、彼女たちは地元の水産業を営む企業とコラボして見事に成功を収めた。

コラボの第一弾は、2021年9月6日、いぎなり東北産公式YouTubeチャンネルに公開された動画である。「いぎなり東北産」のメンバー3人が木の屋の美里町工場を見学。缶詰やクジラ肉などの直売所、工場の見学通路を経て、缶詰の試食をする様子が流された。(中略)

動画の視聴回数は約1万。それほど多い数字ではない。しかし、動画のコメント欄には、番組内容への感想と同時にメンバーが推した缶詰を「食べてみたい」「ポチポチしました(=ネット通販の注文をしましたという意味)」「ふるさと納税で発注しました」などのコメントがたくさん書き込まれ、予想を上回るリアルな購買につながった。

実は、木の屋は別の手も用意していた。登録者数約1万人(当時)のいぎなり東北産公式YouTubeチャンネルと並行して、それぞれ登録者数10万人を超えるユーチューバー2人(ここでは仮に「A」と「B」とする)にも、同種の動画制作を依頼していた。結果を見ると、YouTube動画から商品を購入した人の割合は、意外にも次のような結果だった。
・A:0%
・B:0.7%
・いぎなり東北産:8.5%
単純な比較はできないが、ECサイトに来訪した人のコンバージョン率は、一般的に3%が指標とされている。それを踏まえつつこの結果を見ると、いぎなり東北産公式YouTubeチャンネルのコンバージョン率は圧倒的に高いことが分かる。この「いぎなり東北産効果」は、ファンの熱さが数字に表れたものと言っていい。

震災復興の新たなアイデア アイドルグループ「いぎなり東北産」と水産加工会社・木の屋石巻水産のコラボが見せるもの:ひとまち結び

このように、アイドルが企業からお金をもらって商品をPRし、それをオタク達が買い、さらに口コミで評判が広がっていくという、企業⇔アイドル⇔オタクの「三方良し」のモデルだ。つまり、B2CモデルからB2B2Cモデルへの転換だ。

これからのアイドル業界の活路はここに見出せるのではないだろうか?

 

最後に

コロナ禍が始まる前から、アイドル業界は停滞気味であると囁かれていた。そしてコロナ禍でさらにアイドル業界には強く逆風が吹いている。

しかし、こんな風に新たな取組は始まっている。アツいアイドル達とその可能性に賭ける運営達がいるアイドル業界、まだまだ面白いことが起こるはずだ。

 

 

 

タイトルは「深海/fishbowl」より。


www.youtube.com

 

*1:田家大地・大坪ケムタ(2014) コアマガジン

*2:ゆるめるモ!は初期8人時代だ。当時のメンバーは全員卒業してしまった…

*3:僕は一度もやったことがない

*4:意味わからん落書きみたいなものが高値で取引されているようだ

*5:しかしながら、福田安優子さん・澤口葵さんは3/21をもって卒業ということだ…

*6:もちろん人によるが

*7:ちゃんと計算すると怖いので正確には計算しない