「アイドル歌会」なるイベントが始まったのは、2021年7月6日、所謂「サラダ記念日」だ。その名の通り、アイドル達が集まって短歌を詠むというイベントである。主催は短歌総合誌「短歌研究」発行元の短歌研究社、選者には俵万智さん・笹公人さんなどの有名歌人が名を連ねている*1。その後、通常版が4回、TIF出張版2回と現時点で7回開催されている人気イベントだ。
このイベントには私立恵比寿中学の真山りかさん、フィロソフィーのダンスの十束おとはさん、寺嶋由芙さん、ヤなことそっとミュートのなでしこさんなど、僕が推してる界隈の方々が出演されており興味を持っていたのだが、実際にはおとはす出演回を配信で見たのと、今年のTIFの出張版を実地で参加しただけだった。それがこの度、公式歌集として書籍が出版されることになったので早速購入した。何首か印象に残った歌を紹介しつつ書評…というか感想を綴ってみよう。
アイドルとオタクの関係性
お父さん?恋人?友達?誰目線?
遠くて近い 特別たちよ
僕は以前からブログで書いてるようにアイドルとオタクの「1対1」の関係性が好きだが、この真山の歌はその独特な関係性をうまく切り取っている。
idol-consideration.hatenablog.com
真山は上の句で父親目線で接してくるおじさんオタ、恋人目線のガチ恋などのオタク達一人一人と真山との関係性を紹介し、下の句でその独特な関係性を「近くて遠い特別達よ」と表現している*2。
地下アイドルだとオタクとアイドルは毎週のように会って言葉を交わしているけれど、お互いの連絡先どころか本名すら知らない。そういう意味でアイドルとオタクの関係性というのはすごく弱いものだが、オタクはアイドルを金と時間をつぎ込んでアイドルを推し、アイドルはその短い人生を活動に費やす。その絆は一般人が想像するよりずっと強い結びつきだ。この歌には真山が10年以上のアイドル生活を経て培ってきたアイドルという存在の真髄が表されている*3。
ふるさとで「息子」に戻ったヲタクから
届くリプライ みかんの香り寺嶋由芙
ゆっふぃーといえば「真面目なアイドル」の名に違わずオタクを真っ直ぐに愛してくれるアイドルだ。そんなゆっふぃーはオタクのTwitterをよくチェックしているということだ。この歌を見て僕が想像したのは、年末年始に現場に現れないおまいつの帰省しているツイートを見つけて微笑んでいるゆっふぃーの姿だった。
アイドル達の出会いと別れ
だからこそ手を繋ぎたい君がいる
穴あき出席番号愛し
また真山の歌だ*4。真山は2009年にエビ中が結成された時の唯一の初期メンだ。そこから幾度もメンバーと出会い、別れてきたからこそ伝わるこの歌、エビ中オタにはさすがに刺さりすぎる!かつて居た全てのメンバーに対する想いと、今いるメンバーの大切さを同時に表現する下の句の「穴あき出席番号愛し」は泣いちゃう。
円陣をもう組むことのないグループに
あけおめLINE 送るべきかな播磨かな
播磨さんは既に活動終了したスタダのアイドルグループ、はちみつロケットとAwww!の元メンバーだ。「解散した」と言わずに「円陣をもう組むことのない」と表現するのが一層その切なさを際立たせる。前年までは「今年もよろしくね!新年一発目の○○公演頑張ろうね!」とかLINEを送ってたのかな?と想像してしまう。
アイドルの「リアル」
スーパーのビニール袋に口紅と
ファンデを詰めていざイベントへ
僕たちオタクが観測できるアイドルの姿というのはライブにしろ特典会にしろ、「外に見せるための姿」であり、彼女達のリアルな姿を見ることはできない。しかし、この歌からはきっかの息遣いが聞こえるようなリアルさがある。スーパーの袋に化粧品を詰め込んで、めちゃくちゃラフな服装で会場入りするきっかの姿が思い浮かぶ。
「OLです」ネイルサロンで たずねられ
言いたいけれど ナイショにしてる
こちらはおとはすによる付け句。この歌も同じく、ネイリストにしれっと嘘をついて適当な仕事の話を嘯くおとはすの姿が思い浮かぶ。また、これらの短歌で切り取られたシーンからは彼女達の「人となり」も浮き彫りになる。スーパーの袋に化粧品をぶち込むきっかの歌からは彼女のガサツな性格が想像できるし、適当な嘘をついてその場をやり過ごすおとはすの歌からは彼女の要領の良さと社会経験がわかる。
オタクあるある
砂埃あげて会場へと走る
頼む押してて 開演時間
アイドル達は僕が想像する以上にオタクの気持ちをよくわかっているようだ。僕は遅刻癖があるためライブに遅刻するのはしょっちゅうなので、ぺろりん先生のこの歌の気持ちはめちゃくちゃわかる。頼むから押しててくれ!!と思う*5。
振りコピか 地蔵かヲタ芸 どれで見る?
ラストライブの最後の曲は巫まろ(ZOC(現METAMUSE))
アイドルの最後を見届ける時、どのスタンスで見るべきだろうか?もちろんこの問いに対する正解なんてないが、これまで何度も経験してきた色んなアイドルの解散の時のことを思い出してしまう歌だ。一つ言えるとすれば、振りコピでも、オタ芸でも、地蔵っでも、大体は泣きながらやってる。ちなみに僕はいつもその曲を見る時のスタイルで見届けたい派だ*6。
アイドルの詠む短歌の魅力
ここまで僕がいいと思った歌を紹介してきたが、なんとなく傾向が見えてきた。僕は「情景と、その背景を想像できる歌」が好きだ。
上で紹介した短歌はいずれも読んだ瞬間、僕の脳内にその時の情景が写真のように浮かんできた。真山の出席番号の歌からは今年のLINE CUBE SHIBUYAで行われた春ツアーファイナルの「手をつなごう」でメンバーと手を繋ぐ真山の姿を想起したし、ぺろりん先生の開演時間の歌からは渋谷の道玄坂をダッシュで駆け上っていくオタクの姿がイメージされた。
そして、それらの情景に至る人の想いなどの「背景」が垣間見える。ゆっふぃーのみかんの歌からは、そこまでにゆっふぃーとオタクが築き上げてきた関係性が読み取れるし、播磨さんのあけおめLINEの歌からはグループが解散した寂しさ、せつなさが感じられる。
アイドル歌会の選者でもある俵万智さんのインタビューにこんなコメントがあった。
胸が熱くなるような歌を通して、それぞれの人生を教えられましたし、短歌とは五七五七七の言葉だけを指すのではなく、歌を詠む過程、歌のある人生を含めて短歌なのだと感じています。
僕がアイドルに惹かれる理由の一つは、彼女たちがステージ上で見せる「一瞬の輝き」だ。彼女たちは歌・振付・フォーメーションを覚えたうえで、ダンスレッスンやボイトレでそれを磨き、それをステージに立つ短い時間で表出させる。僕はそのステージ上でのまばゆい輝きと、その裏にあるリアルな彼女達の物語に惹かれる。
ステージ上の一瞬の輝きにその短い青春時代をささげるアイドル達と、31文字の短い言葉に想いを託す短歌にはそういった共通点があるのかもしれない。
タイトルは自作の短歌。