先日、こんな増田*1がバズっていた。
吉田豪のツイートによって、アイドル界隈で拡散され議論を巻き起こしているが、どういったところがポイントだったのか見てみよう*2。
この増田の論旨
この増田は「男性アイドルと女性アイドル、両方の舞台演出とかマネージャー」をやっていた人物によるものだ。匿名なのでそれ自体が事実かどうかはわからないが、そこを疑いだすと何も進まないので真実だという前提で読んでみよう。ざっくりとこの増田に書いてあることをまとめると、こんな感じだ。
- アイドル活動は勉強の時間を奪うので、アイドルはめちゃめちゃバカ
- アイドルは何年も続けられないのでバカな上に承認欲求を拗らせたアイドルは引退時に詰む
- この構造はアイドル活動に打ち込む事を求めるオタクが生み出している
そして、最後にこう締めくくられる。
多くの場合、お前達の推し活が作り上げるのは、かけ算もできない、自分の名前も漢字で書けない、歌って踊れる学習障害者だ。
強い表現によって反発と共感を生み出すのはバズの基本だよな…と思ったりもするが、その内容には一考すべき余地がある。
ポイント①:アイドルはバカか?
もちろん僕は賢いアイドルもバカなアイドルも知ってるが、アイドル全体がどうか評価する術を持たない。しかし、勉強以外の活動をすれば勉強に割く時間がなくなるという避けようのない事実から推察すると、間違ってなさそうではある。
というところで一つの疑念が浮かぶ。それって部活を頑張る学生と何が違うのだろうか?
たぶん、本質的には変わらない。野球選手がクイズ番組に出演した際にその無知さに驚かされることがある。彼らはやはり学生時代を全て野球に費やしてきたのだろう。
では、部活やっててバカな学生とアイドルやっててバカな学生ではどこが違うのだろうか。僕は「節目」の有無、ビジネス化のハードルの低さ、の2点にあると考える。
「節目」の有無
スポーツにしろ文化系の活動にしろ、部活のような活動は学校と紐づくことが多い。そうすると、中学卒業、高校卒業、大学卒業というそれぞれの節目で「それを生業とするか?」と言う問いを突きつけられることになる。そして、その問いに「No」と答える場合には勉強を頑張ったりすることになるわけだ。
一方アイドル活動は、グループ内でも様々な年代の子がいて、「節目」でその問いをしづらいのではないだろうか。
ビジネス化のハードルの低さ
多くの部活というのものは営利目的に行われるものではない。お金を取って演奏会を行うケースなどもあるが、基本的にはそれで「儲けよう」というものではない。つまり部活で行われるような活動を職業にして食っていく、というのは相当にハードルの高いことだ。野球部でプロ野球選手になる人も軽音部でプロのミュージシャンになる人もごく一握りだ。
一方で、アイドルビジネスというのは現代の錬金術「チェキ」のおかげでビジネス化までは容易だ*3。その結果、自分がその活動の延長としてアイドルを職業にして食っていけるのではないか、という希望を捨てきれないのではないだろうか。
ポイント②:アイドルは引退時に詰むか?
アイドル引退時に詰んじゃう問題はフィロソフィーのダンスの十束おとはさんと吉田豪の対談でも触れられていた。ここでのポイントは内的要因・外的要因に分けて考えられそうだ。
(十束おとは)あと私みたいに大学を卒業してアイドルになったみたいな子ってあんまりいなくて。在籍中に大学に通うとかはあるんですけど、だいたいアイドル一本でずっと頑張ってきて。大学とか専門学校とかに行かないまま、20代半ばとかを迎えてしまった場合、「その後ってどうしたらいいの?」ってたぶんなっちゃうから。なんかそういうところまでちゃんと考えられる期間があったらいいのかなっていう風に思います。
(吉田豪)常々言ってるんですよ。歌とダンスの能力をいくら上げても、それが生きる仕事ってほぼないわけじゃないですか。ミュージカル俳優的なものってまずないわけで。「あなたが今まで培ったものがほぼ生きないです。さあ、頑張ってください!」って、そんなのないじゃないですか。
内的要因:アイドル自身の自意識
結構根深い問題だと感じるのが、アイドル自身が承認欲求をアイドル活動の中で肥大化させてしまうケースだ。よく見られるのが、アイドルを卒業した子がコンカフェで働き始めてチェキを販売したり、撮影会みたいなイベントでオタクから引き続き金を集めるパターンだ。
多くの地下アイドルはその辺にいるちょっと可愛い普通の女の子である。だがアイドルになったとたんにオタクからちやほやされることになり、彼女達とチェキを撮るだけで1000円、2000円という金が必要になる。そこにお金を払うことに抵抗はないが、それは彼女たちが「アイドル」だからだ。アイドルを卒業して、普通の女の子になった時に、僕は彼女たちとのチェキにお金を払おうという気にはならない*4。そういうオタクは僕以外にも一定数いると思うが、引退時に承認欲求が肥大化している場合は若さとその容姿だけを売りにした、潰しが効かないビジネスにズルズルと身を投じ続けることになる。
外的要因:「職業アイドル」の社会受容性
外的要因としては「職業アイドル」の社会受容性の低さが課題ではないだろうか。
「スポーツ等の活動に打ち込んできた人」という人は社会でも活躍している。僕はそれなりに大きな企業で働いていた経験があるが、「勉強は頑張っていないがスポーツを頑張ってきた層」が結構いた。彼らは一定の仕事には高い適性を見せていたし、実際にその「根性」は僕に無いものであり、尊敬すべき点も多い。
このように、ある程度社会受容性が高い活動については直接的にその活動と関連性がなくても、その後のセカンドキャリアを描きやすい。一方「アイドル活動」をどのようにステージ以外で生かせるかをイメージできる人がどれくらいいるだろうか。僕はアイドルオタクなので、アイドル活動と社会での活動の繋がりを見出すことができる。前述のおとはすと吉田豪での対談でもアイドルたちの可能性については触れられていた。しかし、こういうことを考えられる人はまだ多くないだろう。
(吉田豪)ただ、僕が言ってたのは握手会とかが増えた結果、人の顔を覚える能力とか会話する能力とかは高まったので。たぶん社会性は身に付けたんですよ。アイドルは。昔以上に。
(十束おとは)そう! そうなんですよ。だから、会社が重宝しそうだなって思って。だから営業とかでめっちゃ人当たりよくて。ちゃんと人のことを褒められて、かわいい女の子が来たらもう嬉しいじゃないですか。
ポイント③:この問題はオタクに起因するものか?
この増田に対しては、「顧客に責任転嫁すんな、その仕組みで金儲けしてる奴が一番悪いだろ!」という批判が多く見られた。僕も基本的にはその批判に同意だが、顧客たる我々オタクに一切の責任がないと言い切れるだろうか?
途上国の生産者を守る「フェア・トレード」という考え方がある。
日本では途上国で生産された日用品や食料品が、驚くほど安い価格で販売されていることがあります。一方生産国ではその安さを生み出すため、正当な対価が生産者に支払われなかったり、生産性を上げるために必要以上の農薬が使用され環境が破壊されたり、生産する人の健康に害を及ぼしたりといった事態が起こっています。
生産者が美味しくて品質の良いものを作り続けていくためには、生産者の労働環境や生活水準が保証され、また自然環境にもやさしい配慮がなされる持続可能な取引のサイクルを作っていくことが重要です。
フェアトレードとは直訳すると「公平・公正な貿易」。つまり、開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す「貿易のしくみ」をいいます。
僕が言いたいのは、これと同じ考え方がアイドル業界でも適用できないだろうか、ということだ。もちろん優良運営を認証してくれる団体はないが、僕達オタクがアイドルを使い捨てる業界構造や悪徳運営を批判する姿勢を見せることで、少しずつで業界をよくすることができるのではないだろうか。
例えば、僕が実践していることとして、「コンプラ的にヤバそうなアイドル運営がやってるアイドルは推さない」というものがある。以前、某アイドルの運営が所属メンバーが契約更新をしない旨の意思表示をした際に損害賠償を求めたという事件があった。僕は当時そのアイドルが気になっていたのだが、その事件を聞いて一気に気持ちが冷めて推すことをやめた。
僕らオタクに責任転嫁する姿勢はもちろん批判すべきだが、コンテンツを消費する立場である僕らにもきっと何かができるはずだし、その努力をやめるべきではない。
業界ができること
このように、アイドル業界を取り巻く問題はたくさんあるが、それを解決しようとする動きも一部ではみられる。
さくら学院システム
通称「さ学システム」は義務教育の終了とともに強制的にグループを卒業する仕組みだ*5。これは上述の「節目」を強制的に作り出すものだ。また、さくら学院のコンセプトの一つに「アイドルを超えた、スーパーレディーになる」というものがあり、実際にさくら学院の出身者には女優として活躍する三吉彩花や世界的なユニットに成長したBABYMETALの中元すず香、菊池最愛などがいる*6。
さ学を運営するのはアミューズ、Perfumeなどを擁する大手事務所だ。その体力もあり、しっかりセカンドキャリアまでサポートしながらアイドル事業を運営する理想的な形の一つと言えるだろう。
tipToe.のチャレンジ
そういうしっかりした態勢を構築できるのは大手だけではない。例えばtipToe.も同じく3年間の活動を期限としている。また、プロデューサー本間さんはメンバーたちがアイドル活動中に新たなチャレンジをすることを推奨している。
tipでは年に1、2回スケジュールを組みやすい時期に「グループ全体でも個人でもいいからやりたいことやチャレンジしたいことを募集します」っていうタイミングを設けてて、今年もメンバーからいくつかやりたいことが届いたので実現したいなぁと思ってます。やりたいことは出来るだけやればいいと思う。
— 本間翔太 (@btrstaff) 2019年1月15日
実際に、この3月にtipToe.を卒業した日野あみちゃんは演劇仕事に興味を持ったのか、グループ卒業後すぐ、舞台に出演している。
CYNHN綾瀬志希さんによるMV
CYNHNの綾瀬志希さんはグループの楽曲『解けない界面論』や『くもりぎみ』のMVを自身の手で作り上げた。彼女はもともと自作のイラストをTwitterに挙げており、そういう方面に興味があったようだ。
CYNHNは推し始めたばかりなのであまりわからないが、綾瀬さんはMCなどではポヤポヤしている子の印象だ。しかし、そのクリエイティブなセンスをアイドル活動中にいかんなく発揮している。
総括
アイドル業界がたくさんの問題を抱えている事実は否定できない。
しかし、アイドル活動は歌やただ学力を低下させるだけのものではないと信じている。
アイドル達が新しいチャレンジをした時、僕たちオタクは甘々な評価でそれを褒めそやす*7ので、アイドルは自信を持つことができ、更なるチャレンジをしやすい。アイドル活動は女の子たちが自身をステップアップさせるための期間としても最適ではないだろうか。
そして、オタク達は、少なくとも僕は、そうやってステップアップする女の子達を見たいと思っている。
アイドル業界もファンも「推し」も断じて糞じゃない。
少なくとも糞じゃなくする方法があるはずだ。
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