先日、振付師の槙田紗子さんが主催するアイドルイベント「サコフェス」における暴行事件が話題になった。
S1番を引いたチケットの所有者が、その後にやってきた数人に暴行されたと主張しており、現在は警察による捜査が進められている。アイドルオタクの間では所謂「最前管理」による暴行ではないか、という見方が有力だ。
アイドルオタクをやっていると目にする最前管理問題、そこから見えるものについて考えてみた。
※このブログに特定のグループのオタクや特定の個人を批判する意図はありません。
「最前管理」問題
典型的な「最前管理」とは
アイドルオタクでない方にとっては聞いたこともないであろう「最前管理組合」とは、どういう団体だろうか*1。ぺろりん先生が案内人を務める『アイドルとヲタク大研究読本イエッタイガー』ではこう説明されている。
最前管理組合
アイドルのフェスなどにおいて、複数人で最前列を独占し続け、「推しの出番のときだけ最前を譲ってほしい」と声をかけた相手に対し、その見返りとして金銭を要求するグループの総称、またはそういった行為を指した用語。他のヲタクに取られたり、割り込まれたりしないように最前を「管理」することからこう呼ばれる。複数人のグループで最前を独占し、譲る見返りに金銭を要求するという行為は以前から行われ問題視されていたが、TIF2016でこれらの集団に対し「最前管理組合」という名称がつけられ、Twitterなどで拡散されたことで一気にヲタクたちの間に広まった。当然ながら他ヲタからの評判は悪く、批判の対象となっている。
-『アイドルとヲタク大研究読本イエッタイガー』,株式会社カンゼン,2017
上記説明の通り、2016年ごろに大きな問題となった最前管理。最初に話を聞いた時には「そんな奴らがいるのか」と驚いたものだ。僕自身はそもそも「前の方で見られたら嬉しいな〜」くらいのスタンスであり、チケットを叩く努力もあまりしないし、そもそも開場時間に会場に着いてる方が少ないくらい、やる気の無いオタクなので直接的に最前管理の被害を被ったことは少ない。
ただ、激戦ライブで良番を引いたとtweetしたりすると最前管理と思しき連中からチケットを譲ってくれないかというDMが届いたり*2、フェスで最前スペースが空いていたので入ったら他の最前の男たちから力ずくで剥がされたりしたこともある。また、フェスなどでは、最前列でスマホをいじる奴はしょっちゅう見るし、出番交代のタイミングで最前を入れ替わっていく奴らに不快な思いをさせられたことは何度もある。
有名なところでは、ギュウゾウさんが最前でスマホをイジっていたオタクにブチギレる事件や、絵恋ちゃんが最前管理のスマホをぶん投げるなど、最前管理はその素行の悪さから度々トラブルを生みだしてきた。
ちょっと誤解があるんです。最前管理への説教では無い。僕は最前列でずーっとスマホをいじってライブを見ず、舞台上にも客席へも気を配らない未熟な行為に怒った。じゃなきゃあんなに言わない。ギュウ農はイベント狙いの泥棒と最前列スマホには厳しいのよ。語り継がれないよ。現場じゃ普通の話だもん。 https://t.co/f8eV1q5NSI
— ギュウゾウ🦂60/電撃ネットワーク/ギュウ農 (@gyuzo_rock) 2022年9月14日
今日も絵恋ちゃんはライブがあります。
— 中村友則(そらしどTV) (@SORASHIDO_TV) 2018年5月4日
最前でずっと携帯をいじられると奪って投げてしまうことがありますのでご注意ください。
では会場で! pic.twitter.com/vbxodPssAp
このように典型的な「最前管理」とは、大型のフェスや多様なアイドルが出演する対バンで、組織だって最前を管理し、最前を守るためには暴行も辞さないマナーが悪いクソゴミ、というイメージがある。実際、今回サコフェスで問題を起こしたのもそういう人間だったのだろう。擁護の余地はなく、さっさと死んで欲しい。
もちろん、暴行まで行われるケースは稀で、このように事件化することは少ないが、誰のものと決められたスペースでもない最前エリアをあらゆる手を使って確保し続ける「最前管理」は許されざる行為だ。
おまいつによる「ソフト最前管理」
僕が通っているような現場では、そのような典型的な「最前管理」は多く行われているわけではないが、「おまいつ」達によるソフトな最前管理が行われるケースは多い*3。おまいつ達が複数枚のチケットを買うことで最前の主要な位置を何となく確保し、各グループごとに知り合い同士などで何となく最前を融通しあったり、友人のスペースを確保した上で後から入ってきた友人を前方に呼びこむような、緩めの最前管理だ。これらは大規模フェスなどで見られるExcelなどで厳格に位置を確保する組織だったものではない「ソフト最前管理」と言えるだろう。
そういう形での最前管理は近い界隈の対バンでよく見られる。近い界隈で対バンをしているとおまいつ達は緩くつながっていくし、兼オタや以前別現場に通っていたオタクも多いためだ。
こういった「ソフト最前管理」は、前述の「典型的最前管理」ほど、表向きは現場の評判は悪くない。界隈各現場の「おまいつ」であるが故に知り合いも多く、人当たりも悪くない。さすがに金銭の要求などもない。彼らはTOや生誕委員なども行う現場の中心的存在であり、スマホをいじるようなことも少なく、しっかり現場を盛り上げる。
実際、今回のサコフェスの最前管理が問題になった際も「このような素行の悪い最前管理はごく一部」と言ったような、最前管理を擁護する意見も見られた。その際の最前管理はこういったソフト最前管理をイメージしてコメントされたものだろう。
が…本当にそうだろうか。素行が良ければ「ソフト最前管理」は許されるのだろうか?
ソフト最前管理の問題
僕は素行が良い「おまいつ」であっても、最前管理は嫌いである。それは、彼らの行為が「現場の私物化」に他ならないからだ。彼らはどんな現場であっても最前に現れ、お目当て以外では快く最前を譲ってくれる一方で、お目当てでは絶対に最前を譲ってくれない。つまり、彼らの集団に加わったり、仲良くしていないそれ以外のオタクにとって最前の良い位置でライブを見ることが難しくなる、という事である。
また、そういう状況だと、良番を運良くゲットできたとしても、自分以外の周りの人間がおまいつばかりで、転校初日のような居心地の悪さの中、ライブを見る羽目になる。
最前は皆に平等なものである。初めて現場に来たオタクでも抽選で良番を取れたら最前0番で見ていいし、TOだろうが番号が悪ければ後方にいるのが正しい姿だろう。
僕はこういった理由から、ソフト最前管理も大嫌いだが、さらにその原因を考えてみたい。こういうソフト最前管理が生まれた背景には「アイドルオタクの社会化」があるのではないだろうか。
アイドルオタクの社会化
オタクの「界隈」
「界隈」という言葉はアイドル現場において多義的に用いられるが、オタクの間にも「界隈」が存在し、推してるグループの名前や事務所名、中心的オタクの名称などから「〇〇界隈」と呼称されることがある。
オタクが界隈に所属するメリットは多い。ライブが終わったあとに酒を飲みながら感想を言い合う時間は楽しいし、特典会の待ち時間や、対バンの興味がないお目当て外のアイドルの出演時間にロビー等で話す相手がいるのはありがたい*4。情報を交換することで新たな知見が得られることもあるし、ランダムグッズの交換もスムーズだ。行けなくなった現場のチケットも捌きやすいし、そもそも界隈内でチケットを融通し合うこともできる。*5特典券の有償譲渡もよくあることだ。
そういう背景もあり、同じ現場に通っていると、界隈が徐々に形成されてくるのが通例だ。
ぼっちオタクの感じる違和感
僕はアイドル現場に通いだして12年くらいになるが、その多くの時間をぼっちオタとして生きてきた。一匹狼を気取りたいわけではない。普通にオタク友達は欲しかったのだが、シンプルにコミュ障陰キャで弱オタだったからだ。そんな僕に自然と友達ができるわけもなく、1人で現場に行き、1人で特典会に行き、1人で帰って、1人で酒を飲む*6というオタクライフを長年過ごしてきた。そうやってぼっちオタクをやる中で、少しずつ違和感を感じてきたことがある。
その一つが前述の最前管理問題だ。ぼっちオタクにとって最前に入るハードルは高い。最前のオタクが後方にいる知り合いに「〇〇さん、ここ入ります?」と声をかけて最前を替わる姿を見て(俺も次お目当てなんスけど…)と思うことはよくある。また、最前に入れそうな雰囲気があっても「ここ入っていいのかな…」と躊躇してしまうこともある。ソフト最前管理を行うおまいつ達に嫌われると色々と面倒だからだ。
もう一つは、自分が落選したライブで当落発表直後に「〇〇のチケ3枚あるんで声かけてくださいー」みたいな界隈内に向けたツイートについても、モヤモヤを感じる*7。ぼっちオタクにとってはチケットを捌くのも一苦労だ。弱いオタクが悪い、と言われればそれまでだが…
そして、コレは気にしすぎやろ…という話だが、アイドルがMCで「〇〇のファンの皆さんは仲が良くて」みたいなことを言うと(誰とも仲良くない俺は「ファンの皆さん」に入っていないのかな…)なんてことも思ったりもしてしまう。
界隈の閉塞化・アイドルオタクの社会化
おまいつが結束を強め、利権を独占し始めると、その界隈に所属しない人は必然的に不利益を被ることになる。その結果、どのライブでも最前に同じオタクがいて、新規オタクが寄り付きづらい雰囲気が生まれる…この構造はいわば現代の「社会」そのものである。
そしてその「社会化」と共に進行するのが「界隈の閉塞化」だと、僕は思う。アイドルの魅力の一つは、既存の枠をぶち破るような初期衝動の発露である。オタクの社会化が進み、既存オタクが仲間内でつるみながら、似たような現場を回遊していく状況で爆発的なブレークスルーは起こりにくいだろう。
そして、そういった状況を変え難くするのは、社会化を進行させるオタク達には悪気があるわけでもないし、問題を起こす最前管理達と異なり、実際にそこまで悪いことをしているわけでもない、という点だ。これはAKBやももクロをきっかけに始まったアイドル戦国時代から十数年が経つ以上、避けようがないことかもしれない…
アイドル現場の本質
だが、僕は暗黙のルールや同調圧力といった、窮屈な現実の「社会」から解放されて、アイドルのライブを自由に楽しむためにアイドル現場に通っている。
「社会」から解放されるためにアイドル現場に行ってるのに、そこでまた別の「社会」を作るのは本末転倒である。最前の○番はTOの〇〇さんの指定席、推しの生誕は生誕委員が前に来るもの、この曲ではこのコールを入れる………そうやって目に見えない暗黙のルールが増えれば増えるほど、世界は窮屈に、つまらなくなっていく。
アイドル現場にはアイドルを好きな気持ちとチケットだけを持って行けば良いのだ。アイドル現場は社会でうまくいかないコミュ障でもぼっちでも、救われる場所であって欲しい。
タイトルは「Only You」(ゆるめるモ!)より