とあるKSDDのアイドル考察録

アイドルオタク9年目のKSDDがアイドルに関して色々考えてみます

非ハロヲタによる『〈現場〉のアイドル文化論』書評

先日、Twitter経由で興味深い本を見つけた。現場系のハロヲタの大学教授が書いた本だという。早速購入して読んでみた。

<現場>のアイドル文化論

<現場>のアイドル文化論

  • 作者:森 貴史
  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

著者について

本書の著者は森貴史氏、関西大学文学部の教授である。ドイツ文化の研究をされているようだが、そのことは全く本書とは関係がない。森先生は「大学教授」としてではなく、一人の「ハロヲタ」として本書を著していると感じた。

 

本書の概要

森先生は現在Juice=Juiceに所属する稲葉愛香さんのオタクである。森先生はカントリー・ガールズ時代から稲葉さんを推していたが、在宅系オタクにとどまっていたようである。しかし、稲葉さんが活動休止から復帰すると同時に現場に足を運ぶようになる。そして、稲葉さんのJuice=Juice加入に伴い、同グループのオタクとして活動していく様子が描かれている。

オタ活の様子は、稲葉愛香さんのJuice=Juice加入舞台公演にゆく卒業公演にゆくなど章ごとに分けられて森先生の心情やその時の情景など克明に描かれている。また、章の間にはオタクの肖像として実在するオタク仲間の紹介がなされている。

 

「アイドル文化論」 としての特徴

本書のタイトルと著者略歴を見たときに僕が期待したのは、実際に現場に通う大学教授によるアイドル文化の考察論だった。しかし、本書を読み進めていって僕は思った。

これ、ただのハロヲタのオタク日記じゃないか・・・?

結論から言うと、本書でアイドル文化に対する体系だった考察がされることはなかった。やはり、ハロヲタ日記である*1

しかし、それは意図的になされたものだと思われる。アイドルの「文化論」を語る書籍は散見されるが、逆にオタク活動自体について語る書籍は多くない。また、森先生自身もJuice=Juice現場にしか通っていないため、アイドル文化全般について考察できるほどの『現場力』がないことを自覚しており、ハロヲタ日記と割り切って本書を書かれているのではないだろうか。「まえがき」にもこのように書かれていた。

現在、アイドルやその文化に関する書籍は幅広くたくさん出版されているが、本書はそれらの類書とは異なる内容を少しでもお伝えできれば、幸いはなはだと思うものである。

 

「オタク活動の記録」としての特徴

一方で、本書は森先生のオタク活動について克明に描き出されており、ハロヲタ活動記録としては極めて濃密なものだ。

ハロプロ賛美

僕がハロヲタに感じる印象として、ハロプロ文化を賛美する傾向があると感じる。まぁどこのオタクだって自分の推しグループを賛美するものだが、ハロヲタのそれは顕著であり、本書にもそれが表れているように感じる。例えば、森先生は、盗聴された石川梨華さんの発言をハロヲタがコールに転用したことについて下記のように述べる。

アイドルが自分たちを嘲笑していることばまで、楽曲の応援に組みこんでくるとは、かれらハロヲタの柔軟さと発想に感心してしまう。

僕にとってはこれは悪ノリが過ぎた例のように感じてしまう。僕はハロヲタではないので本件の良し悪しを語るつもりはないが、森先生がハロプロ/ハロヲタが形成する文化に心酔していることの表れではないだろうか。

こじらせオタク

森先生の心情描写は極めて詳細に描かれる。例えば梁川奈々美さんの卒業公演において、彼女が不仲説が囁かれる稲葉さんとだけハグしなかったことについて、森先生は気を揉む。

よりにもよって、卒業公演のアンコールで稲葉さんだけが梁川さんとハグしなかったとなれば、それみたことかと、彼女の「アンチ」たちに不仲説のこのうえない好餌をあたえることになってしまう。

(中略)

拷問のように耐えがたい時間だった。

この森先生の心配は、稲葉さんと梁川さんの機転によって無事にハグが行われ、杞憂に終わる・・・・・・しかし誰と誰が不仲だとか、ハグしなかったとか本当にどうでもいい話ではないか?

ただ、オタクをやってきた人間はそんな「どうでもいい話」が、年頃の女の子をどれだけ傷つけるかを知っている。だからこそ、こんな些細な話を克明に覚えており拷問のように感じる森先生が、真摯にハロヲタをやっている様が伝わってくるというものだ。

 

最後に

このように本書を読んでもアイドル文化への知見は深まらないが、オタクに対する理解は深められそうだ。しかし、オタクと一言で言ってもその生態は千差万別であり、10人オタクがいれば10通りのアイドルの「推し方」がある。実際、僕は森先生と違い、物販列に4時間も並べないし、オタク友達も多くない。そういう意味でオタクに対する体系だった考察もされていないので、本書に「文化論」としての価値は見いだせないだろう。

一方で、本書は一人の堅い職業に就いたオジサンがアイドルと出会い、オタクとして色んなことを感じる「エッセイ」として面白く読むことができた。また、最終章に記載されていた文章は、同じく社会人アイドルオタクとして活動する僕の心を打つものだった。

社会人として長らく生活していると、ルーティンな日常に慣れていくものである。それゆえ、日々の仕事を終えることばかりを考えて、毎日を流していくかのように生きていくという風になってしまう。

しかしながら、アイドルに逢いにゆくことは、その毎回が一期一会である。

会場、季節や天候、楽曲やパフォーマンス、衣装、会場での自分の席、隣席になった知人、周囲の人びとなども毎回、ちがっている。(中略)

それゆえに、アイドルと同一の場所で同一の時間を共有することが、いかに「一期一会」であるかを実感できるのである。

 

オタクの願いはみな同じで「推しが幸せになること」だ。真摯に稲葉さんを推してきた森先生に敬意を表し、Juice=Juiceで稲葉さんがご活躍されている動画を貼っておこう。


Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』(Promotion Edit)

*1:だが、本書にはたくさんの参考文献に関する記述があったので、気になるものは読んでみよう